2024. 1. 11 ‐ 1. 28

中村葵 Aoi Nakamura 「可能でなく、不可能でないやり方」

 

この度ボヘミアンズ・ギルド・ケージでは2023年10月に開催した中村葵による個展「延寿土竜 野良寿限無 ENJUMOGURA NORAJUGEMU」に対する理解をより深めるため、中村が過去に発表した映像作品2点の再展示に加え、新作1点を展示させていただきます。

前回の個展「延寿土竜 野良寿限無 ENJUMOGURA NORAJUGEMU」において、メインの同名映像作品は物語の形式を採っていました。

明確な物語を持つ映像作品は時系列が存在し、鑑賞者の理解を助ける構成が用意され、例え大小の様々な仕掛けが一つ機能せずとも、鑑賞者が結論を得られる複合的な要素を持つ作品であるとも言えます。それはいくらでも誇張できてしまう主観的、感覚的な比喩表現に対して、物語という整合性を取らざるを得ない手法を用いることにより、破調を招かぬよう対象をより適切なサイズで表現しようという自制的手段とも言えます。このような通して大きな1つの意味を成す作品は、事物に対しての豊かな表現の質に加え、全体の強弱のバランスにより作品の完成度が左右されることも多いのですが、中村の場合は少し異なるかもしれません。全力ゆえに均一な力で地団駄を踏み土台を馴らすかのごとく、自制的というよりもむしろすべての構成要素を執拗に造り込むことで作品に秩序をもたらしているように見えます。流麗な文章に言葉を並び替えるのではなく造語を創り出すことで無理矢理に文章を成立させるかのような、斜めに外れた異質さを感じさせるのです。

「延寿土竜 野良寿限無 ENJUMOGURA NORAJUGEMU」のともすれば見逃してしまいそうな要素の読解を役立てる機会にするため、今展覧会は比喩的な詩的要素が強かった活動初期の作品を介し、中村葵作品に通底する意識や着眼点を再確認する場として企画いたしました。またある意味ではこちらの意図に抗うように中村自身により組まれた展示構成にもご注目ください。新作を織り交ぜることや、作品の繋がりや配置等で起こる共鳴を利用し、発表当時には作家本人にも無かった意図を作品に付与することで、各作品自体の意味を更新させようと試みるようでもあるのです。

また最終日の展示終了後、中村葵と現代美術家の小林耕平氏による対談形式のアーティストトークを開催いたします。詳細は下記にございます。

 

【出展作品】

 

1.「ラットゥスの家」 12分48秒 2021

実家の隣に蔵が建っている。造りが家とそっくりなので、不思議に思って聞くと、母が小さい頃は蔵の方に住んでいて、途中で今の家に移ったらしい。「蔵はネズミの目が光っていて怖かった」と母は言った。たしかに自分が蔵に入る時も、赤く光る目がこちらを見ていた。
洪水で蔵に水が入った時だった。整理のため入った蔵の奥に、小型の機械があるのを見つけた。その赤いランプには見覚えがあった。こちらを見ていたネズミの目だった。ネズミだと思っていたものは、ネズミを追い払う機械だったのだ。
蔵は電気ネズミの縄張りになった。ネズミの一族はどこにもいなかった。隣の家で、我が家だけがいまも続いている。

3D のネズミの柄、映像冒頭の分は、江戸中期に発行された定延子「珍翫鼠育艸」からの引用している。本にはネズミの飼育法だけでなく、メンデルに先駆けた遺伝による毛変わり(毛色の突然変異体)の記録がある。
3D のネズミが話す声は、人に聞こえる声の他に、実際のネズミの声の周波数に調整された別の言葉も含まれている。そちらは超音波防鼠装置同様、ネズミにだけ聞こえ、人間には聞こえない。

引用:定延子「珍玩鼠育草」, 銭屋長兵衛, 天明7. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/2540511 ( 参照 2024-01-04)

 

 

2.「ルーメンピクニック」 4分 2023

「シアノバクテリア」という光合成を行う細菌がいる。地球上で初めて光合成によって酸素を生成した生物であり、その誕生は当時の生態系を大きく変えることになった。種類は多様で、現在も水中・陸上・空気中と、多くの場所に存在している。
植物の中で光合成を行っている「葉緑体」という器官は、宿主の真核細胞が、そのシアノバクテリアを取り込み共生したことで生まれた。植物の特徴とも言える光合成という能力は、かつて別の存在だったものの力なのだ。
動物は基本的に葉緑体を持たないが、ウミウシの中には、藻を食べることで葉緑体を盗み、体内で光合成を行っているものもいる。
光合成の能力は、共生や盗みを介しながら、いくつかの存在を経過している。

光合成の化学反応式(6CO2 +12H2O‐C6H12O6 + 6H2O + 6O2)をモールス符号化し、そのリズムで童謡「ピクニック」を歌唱する。歌は反応式が終わるまで続ける。
口の外には1946 年にRobert Flaherty Productions Inc. が制作した「The Gift of Green」が映され、葉緑体の仕組み、植物の歴史が解説されている。
葉緑体を持たない体が、光合成の反応式を用いて「丘を超え行こうよ」と歌い、口内に入れたカメラで植物の過程を取り込み、プロジェクターで投影される映像の光で、展示空間の空気中に存在するシアノバクテリアにエネルギーを与える。

引用:イングランド民謡 萩原英一訳「ピクニック」
Robert Flaherty Productions Inc.「The Gift of Green」
https://archive.org/details/GiftofGr1946

 

 

3.「マールスの日」 6分28秒 2016

はじめに、物語を読む音声を20 分の1の速度にした手本の音源を作る。一音一音の長さや感覚を覚え、日没までの2時間、その覚えた速度で話す様子を撮影する。その後、映像を20 倍速して、はじめの速度に戻す。
話者と鑑賞者との間には、映像という侵せない媒体があり、それで隔たれた我々は、2 時間と6 分間の/話し手と聞き手の、埋めがたい距離の中にいる。しかし他でもない、その映像という技術によって早送りの操作は行われ、引き伸ばされた声は、映像の外へ語る言葉として復元される。
圧縮された声と体で、火星大接近の年に経験した話を語る。

火星画像引用:Hubble’s Closest View of Mars — August 27, 2003
NASA, J. Bell (Cornell U.) and M. Wolff (SSI);
Additional image processing and analysis support from: K. Noll and A.
Lubenow (STScI); M. Hubbard (Cornell U.); R. Morris (NASA/JSC); P.
James (U. Toledo); S. Lee (U. Colorado); and T. Clancy, B. Whitney and G.
Videen (SSI); and Y. Shkuratov (Kharkov U.)

 

 

中村 葵(NAKAMURA aoi)
1994年福島県生まれ。2018年武蔵野美術大学修士課程造形研究科油絵コース修了。主に言葉や声、映像の仕組みを分解し、再構成する制作を行う。主な展示会に「沈黙のカテゴリー」(2021、クリエイティブセンター大阪)、 「フェスティバルFUKUSHIMA!2021越境する意志/The Will to Cross Borders」(2021、福島)、「惑星ザムザ」(2022、東京)、「中村葵 木下雄二|別様に、別の言葉で」(2022、See Saw gallery + hibit)、「スポーツと気晴らし」(2022、東葛西1-11-6A倉庫)、「RENEWAL NEWREAL中村・柴田のマジックショー 開催中止」(2022、Art Center Ongoing)、個展「延寿土竜 野良寿限無 ENJUMOGURA NORAJUGEMU」(2023、Bohemian’s Guild CAGE)

 

撮影:鐘ヶ江歓一

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【イベント情報】

中村葵 × 小林耕平 アーティストトーク「サービス精神(呪い)」

最終日の展示終了後、当ギャラリーにて中村葵と小林耕平によるアーティストトークを対談形式にて開催いたします。
どなたでもご参加いただけるのでお気軽にお越しください。

当日の急な参加も可能ですが、席に限りがございますので、事前予約される方は下記のメールアドレスに参加の旨をお伝えください。


日時:2024128() 18:00

会場:Bohemian’s Guild Cage

メール:natsume@natsume-books.com

 

小林耕平[美術家]
1974年東京生まれ。 武蔵野美術大学教授(油絵学科)。 非人称的でミニマルなモノクロ映像作品を起点として、2007年頃には、空間に配置するオブジェクトや日用品、自身が出演する映像等に表現を展開させ、同時にモノや事象の関係性やその認識についての世界観を問い直し、変革を与えるような取り組みを行っている。主な展覧会に、「あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ」(2016)、「小林耕平×高橋耕平 切断してみる。─二人の耕平」(豊田市美術館、2017)、個展「ゾ・ン・ビ・タ・ウ・ン」(ANOMALY、2019)、「東・海・道・中・膝・栗・毛」(東京国立近代美術館、2019)、「テレポーテーション」(黒部市美術館、2022)

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Bohemian’s Guild Cage

〒101-0051
東京都千代田区神田神保町1−25−1 神保町会館 3F
TEL:03-6811-7044
年中無休 12:00〜18:00